天塩川歴史資料館

天塩川歴史資料館

北海道天塩町、天塩川の河口、天塩市街の中心地にあるミュージアムが天塩川歴史資料館。赤レンガの重厚な建物は昭和26年築の旧天塩町役場を再生。使われたレンガは野幌で焼かれた「野幌れんが」。展示の中心は天塩川河口の川口遺跡の出土品や、天塩川の舟運で発展した流域の歴史で、興味深いものばかり。

赤レンガの博物館で天塩川河口の歴史を学ぶ

天塩川歴史資料館

天塩川河口は、サロベツ原野にかけて長く発達した砂嘴によって守られる天然の良港。
明治時代には木材の集積地となり、材木問屋が軒を連ねました。
天塩川流域の木材は、寒冷な気候から木目の詰まった良材で、ピアノやヴァイオリンなどの楽器用としてアカエゾマツが、小樽から船積みされるミズナラが「オタルオーク」というブランドになるなど、珍重されたのです。

明治33年に天塩川に就航した船に長門丸と命名したのが起源で、それから天塩川を運航する舟は、すべて「長門船」と呼ぶようになりました。
天塩川歴史資料館には、天塩川を往来した長門船の復元展示(2分の1スケール)、約300万年前と推定される世界最古のコククジラ化石「テシオコククジラ」も展示されています。
実際に天塩川を遡行した長門船は、全長15m、幅3.2m、積載量40石(約7.2kl)で、米100俵ほどを積載しました。
帆を有しますが、基本は手漕ぎ船で、明治期から昭和初期まで活躍。

また、天塩川は漁業資源も豊富で、河口の天塩川口遺跡風景林内には続縄文時代、擦文時代、オホーツク文化時代の竪穴住居跡が残る川口遺跡があり、その出土品も展示されています。
擦文時代が中心の遺跡で、本州の古墳文化の土師器(はじき)の影響を受けた表面に刷毛目が付けられた土器が特徴です。

天塩川歴史資料館のすぐ近くに沿岸バスの天塩ターミナル(天塩 2のりば=札幌行きの予約制高速バス「特急はぼろ号」が出発)がありますが、かつての羽幌線天塩駅(急行「はぼろ」も停車)はさらに200mほど東の新開通6丁目に。
今は駅前喫茶の「あげいん」(カツカレーが名物)が残るのみとなっています。

天塩川歴史資料館
名称 天塩川歴史資料館/てしおがわれきししりょうかん
所在地 北海道天塩郡天塩町新栄通6
関連HP 天塩町公式ホームページ
電車・バスで 沿岸バス天塩バスターミナル下車、徒歩5分
ドライブで 稚内空港から約71km
駐車場 50台/無料
問い合わせ 天塩川歴史資料館 TEL:01632-2-2071
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
川口遺跡

川口遺跡

北海道天塩町、天塩川河口の川口遺跡風景林にある続縄文時代から擦文時代、オホーツク文化時代の遺跡が川口遺跡。森のなかに竪穴式住居跡230基が発見され、竪穴式住居も2基復元されています。日本海オロロンライン・道道106号沿いの駐車場(南口)から

松浦武四郎像(鏡沼海浜公園)

松浦武四郎像(鏡沼海浜公園)

北海道天塩町、天塩川河口近くの天塩町鏡沼海浜公園に立つ松浦武四郎像。幕末の探検家・松浦武四郎は、28歳から6度にわたり、蝦夷地(えぞち=現・北海道)を調査。天塩川は、「此川すじの事は中々尽すべきにあらざれば他日可認しと残し置きたり」(『廻浦

天塩川

天塩川

北見山地の天塩岳(てしおだけ/標高1557.7m)を源流に、名寄盆地を北に流れ、道北の天塩町で日本海に流れ出る、北海道第2の河川が天塩川(てしおがわ)。幹川流路延長は256kmで、石狩川に次いで日本第4位の長大な河川です。流域面積は5590

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