層雲峡はかつて北海道を代表する観光地のひとつでした。今ではその地位を後発の富良野・美瑛や、最近では旭山動物園にすら人気の面では明け渡し、若い人には「層雲峡ってどこ?」 という感じの人も増えてきました。ところが、地元観光協会はいまだに、エージェント(旅行代理店)頼み。大型ホテルが林立する層雲峡は、今大きな岐路に立たされています。
層雲峡の名付け親は大町桂月
層雲峡のハイライト部分はすべてパスして見ることができず、しかも遊歩道も廃道に
層雲峡という素敵な名前を付けたのは明治の文豪で、日本の旅行作家の元祖ともいえる大町桂月です。最近じゃ、旅行ライターを名乗る人もこの名を知らない人がいますが、実は、日本全国には大町桂月がネーミングした観光地がかなりあります。北海道内を見ただけでも、サロマ湖の龍宮街道、そして層雲峡、天人峡の羽衣の滝が大町桂月の命名です。
大町桂月は、やみくもに層雲峡と名付けたわけではありません。アイヌ語の「ソウウンペッ」(so-un-pet=滝・ある・川)を意識して付けたのだと類推されます。現在の層雲峡の入口あたりにアイヌがこう呼んだ地名があったようで、実際に層雲峡のあるあたりは単にニセイ(nisei=絶壁・峡谷)と呼んでいました。
大正10年に『中央公論』に発表された紀行文『層雲峡から大雪山へ』のはじめに「富士山に登って山岳の高さを語れ、大雪山に登って山岳の大きさを語れ」の一文があり、この紀行文で、自らが命名した秘境・層雲峡と大雪山は全国デビューを果たします。
昔は車窓からが層雲峡のハイライトを見学できた!
今の年配の人に層雲峡の印象を尋ねると、『断崖絶壁の峡谷をバスが走る』といったイメージの答えが返ってきます。これはかつてカニ族と呼ばれた北海道旅行のブームやそれ以前に層雲峡を訪れた共通する旅人の印象で、実は、この当時は、大町桂月が訪れた時代と大きな変化がなく、ダイナミックな峡谷の景観が楽しめました。(『昔はよかったね』というのが共通する結論)
層雲峡は柱状節理の断崖が約24kmも続く日本屈指の峡谷です。そのハイライトが大函(おおばこ)から小函(こばこ)にかけての断崖ですが、この間は道路の改良で、すべてトンネルで通過します。トンネル完成後も旧道を「小函遊歩道」と呼ばれるサイクリングコースに転身させ小函には通じていたのですが、落石事故が発生してから、「小函遊歩道」も通行止めで(国道沿いのみ通行可能で、レンタサイクルも長いトンネルを排気ガスを吸いながら走ることに)、層雲峡のハイライトシーンはまったく見ずに通り抜けてしまいます。
つまり、現在、車やサイクリングで鑑賞できるのは大函と冒頭の写真の銀河の滝・流星の滝くらい。
だから昔を知る人は必ず、「昔は良かった」とため息をつくワケなのです。
層雲峡に来たなら黒岳には絶対にアタックしたい!
「層雲峡に来たのなら、まずは黒岳に登ってほしい。最近じゃ黒岳にも上がらずに、旭山動物園に行く人が多いけど、層雲峡の良さ、大雪の素晴らしさは黒岳に登らないとわかりません」そう力説するのは、層雲峡のとある旅館のご主人。
つまり、峡谷は素通りするけど、温泉街から大雪山層雲峡・黒岳ロープウェイとペアリフトを乗り継げば、黒岳七合目に到達。七合目に「黒岳カムイの森のみち」(片道15分)もありますが、1時間ほど頑張って歩けば黒岳山頂。さらに15分ほど下れば、黒岳石室で周囲は日本屈指のお花畑!(初心者の登山は夏山シーズンの好天時のみの限定ですが)
まさに大雪山登山の基地、層雲峡温泉という感じ。
そんな山岳リゾートを意識して、層雲峡温泉街の中心部は、実はカナダの山岳リゾートを模した「キャニオンモール」として整備されています。
「高速道路が網走方面に向かって延びています。現在は開通区間が高規格道路として無料で供与されていますが、この道を使えば、旭川と北見方面が昔に比べてぐんと早くなったんです。逆にいえば、石北峠を越えなくても旭川から網走に出ることができるんです。つまり、層雲峡を通ることがない。これは層雲峡にとって大きな危機だと思うんです」
実は、この危惧は、層雲峡の観光関係者全員に共通する声にもなっています。
層雲峡を訪れて驚いたのは、花が随所に飾られ、欧米のリゾートに負けないくらい素敵な点。スキーに関しては日本で最初にスキーシーズンを迎え、もっともスノーシーズンが長い場所にもなっています。
冬のシーズンは、ニセコ同様に海外のお客さんを呼ぶ手はあるでしょう。ではグリーンシーズンは、どうするのでしょうか?
「層雲峡の断崖の上に、使われていない林道があるんです。これを生かして、シャトルバスとトレッキングコースで、断崖の上から峡谷を見下ろし、大雪の山並みを見渡すなんてプランを実現したいんですが・・・」。実はこのプラン、環境省などかなり高いハードルが横たわっています。
「銀河の滝・流星の滝の駐車場のレストハウスに自動販売機を置くなという話があったくらい、環境省は環境保護に厳しい姿勢です。層雲峡の素晴らしい自然を守るためには非常に重要なことではあるのですが、だからといって自然から(トンネルや工作物で)隔離するだけでは、旅人は満足できないでしょう」
かつては、北海道を代表する観光地であった層雲峡。
見上げる岩峰の先には霧が深く立ちこめています。