2024年9月1日(日)、北海道上川郡和寒町(わっさむちょう)で『第27回全日本玉入れ選手権』を開催。和寒町はクロスカントリーの有力選手の輩出で知られますが、実は「玉入れの聖地」でもあるのだとか。「競技玉入れ」発祥の地で、全日本玉入れ協会(AJTA)の本部があるのが和寒です。
公式記録のベストタイムは驚異の10秒91
運動会でお馴染み「玉入れ」の全日本選手権が和寒町総合体育館にて開催されます。
『全日本玉入れ選手権』におけるルールはいたってシンプル。4人から6人の選手が、100個のボール(アジャタボール99個+ アンカーボール1個)をバスケットに入れるまでのタイムを競い合うもの。
全国各地から集結する選手と応援団により賞金と名誉を懸けた熱い闘いが繰り広げられます。
選手のチームワーク、バリエーションプレイが勝敗を分けるのだとか。
公式記録のベストタイムは、2010年(平成22年)の『第15回全日本玉入れ選手権』に関西チーム「ダデ」なんと10秒91と超早!
一般の部(100チーム)の優勝賞金はなんと50万円!
レディースチーム(一般の部と重複エントリー)の優勝賞金5万円。
町の中央部を流れる六線川周辺にオヒョウニレの木が茂っていたためアイヌ語の「アッサム(at・sam)=オヒョウニレの木(at=オヒョウ)・傍ら」がワット・サムに転訛し、和寒になったと推測されます。
和寒は、冬場は北海道有数の寒冷地。
昭和53年2月17日に、-41.2度を記録しています(北海道開発局旭川開発建設部の観測)。
和寒とはよくできた当て字ですが、もともとはアイヌ語のアッ(at=オヒョウの木/アイヌ語でオヒョウの樹皮と繊維がアッ)・サム(sam=傍)から転訛。
全日本玉入れ選手権の歴史
1990年(平成2年)=和寒町『ふれあいまつり』で「全日本玉入れ選手権」として屋外グラウンドなどを使ってスタート
1995年(平成7年)=日本玉入れ協会(All Japan Tamaire Association)設立。
1996年(平成8年)=150チーム出場が出場し、記念すべき『第1回全日本玉入れ選手権』開催。
1997年(平成9年)=『第2回全日本玉入れ選手権』に日本テレビV6チーム出場
1998年(平成10年)=静岡県伊東市でビーチ玉入れの開催
1999年(平成11年)=レディースの部を新設、AJTA関西協会、AJTA九州協会設立
2000年(平成12年)=第1回九州玉入れ選手権、第1回アジャタ関西選手権を開催
2006年(平成18年)=関西「少林寺拳法貝塚水間」が初優勝(勝カップが初めて津軽海峡を渡る)
2010年(平成22年)=関西チーム「ダデ」驚異的ベストタイム10秒91(準決勝)をたたき出し初優勝
第27回全日本玉入れ選手権|和寒町|2024 | |
開催日時 | 2024年9月1日(日) |
所在地 | 北海道上川郡和寒町三笠103 |
場所 | 和寒町総合体育館 |
関連HP | 全日本玉入れ協会公式ホームページ |
問い合わせ | 全日本玉入れ協会事務局(観光協会内) TEL:0165-32-2341 |
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |