羨古丹駐車公園

浜中町から根室市に至る道道142号(北太平洋シーサイドライン)の途中にある展望駐車公園が羨古丹駐車公園(うらやこたんちゅうしゃこうえん)。北太平洋シーサイドラインは、観光客の少ない秘境ムードたっぷりのドライブルート。羨古丹駐車公園は、海岸沿いの断崖を眺める絶景の地ですが、傍らには「ウラヤコタン異国船上陸の地」碑も。

北太平洋シーサイドラインにある絶景の展望地

道道142号(北太平洋シーサイドライン)に駐車場が整備されています

羨古丹という難読地名は、アイヌ語のウライ・ヤ・コタン(urai-ya-kotan=梁の・網・集落)に由来。
ウライは、鮭や鱒を捕獲するため川に仕掛けられる梁(やな)のこと。
ヤは網、コタンは集落の意です。
秋には遡上するサケ・マスを捕獲するアイヌの集落がここにあったことがわかります。

「ウラヤコタン異国船上陸の地」は、1831(天保2)年、オーストラリアの捕鯨船「レディロウエナ号」が海上半里沖に停泊し、船員が上陸した場所を今に伝える碑です。

実は、江戸幕府が鎖国政策を続ける1830年代に、ハワイから日本にかけての海域が、豊かな捕鯨漁場であることがアメリカ、イギリスによって見出されていて、300隻もの西欧の帆船捕鯨船がこの海域に出漁していました。
産業機器の潤滑油、生活用品としてのランプ油として鯨油(マッコウクジラの脂)が重宝されていたのです。

1840年代にはアメリカ、イギリス、オーストラリア、オランダ、ロシア、フランスの捕鯨船が700隻以上もクジラを追っていたのです。

レディロウエナ号の霧多布来航
レディロウエナ号の総トン数は240〜250tと推測され、船長はボーン・ラッセル。
航海日誌によれば、1830年11月2日、シドニー(Sydney)を出港。南太平洋の島々で交易をし、クジラを追って太平洋を北上していました。
外洋帆船による捕鯨は、出航すると何年も帰港しない方法で、途中で寄港上陸して水や新鮮な食料の補給さらには船の修理などが必要でした。
ボーン・ラッセル船長は、日本の鎖国政策はもちろんのこと、松前藩、アイヌのことも知っていました。
鎖国時代の蝦夷地、アイヌの集落に水と食料を求めて上陸する異国船の乗組員。
衝突が起こるのは必然だったのかも知れません。
発砲事件・人質や焼き討ちなど紛争が勃発しています。
その後、レディロウエナ号は八丈島で水と食料を入手しています。

羨古丹駐車公園 DATA

名称 羨古丹駐車公園/うらやこたんちゅうしゃこうえん
所在地 北海道厚岸郡浜中町羨古丹
関連HP http://www.townhamanaka.jp/
ドライブで 釧路空港から約108km。根室中標津空港から約71km
駐車場 20台/無料
問い合わせ 浜中町商工観光課観光係TEL:0153-62-2239

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