帰農館

昭和35年頃に雪印乳業が佐伯農場に建てた集乳所を平成14年に再生したミュージアムが帰農館。昭和40年代に西竹小中学校に在籍した前田肇氏の開拓時代の子供達の写真を常設展示しています。帰農館とは、農業をもっと理解してもらいたいという意味を込めたネーミングです。

集乳所を再生したミュージアム

帰農館は、「農的暮らし」といった生活スタイル、精神的なゆとりをもって日々を楽しむライフスタイルを伝えたいということで名付けらたもの。

前田肇は、昭和9年、金刀比羅神社(根室市)の宮司の末っ子として生誕。
昭和28年、カメラマンへの夢をみて上京後、開拓時代のランプ生活が続く、別当賀川口小学校(根室市)へ赴任。

北海道学芸大学釧路分校で学業に励んだ後に、昭和33年、根室市花咲小学校に赴任。
昭和42年に中標津町西竹小中学校に着任し、13年勤務しています。

当時の子供達を生き生きとした姿をフイルムに収め、今に伝えています。

ちなみに西竹小中学校は、昭和20年4月に計根別小学校(けねべつしょうがっこう)の西竹分校として開校。
昭和31年に西竹小中学校となり、昭和42年には前田肇作曲で校歌制定。
昭和56年に新校舎が完成しますが、平成18年4月に西竹中学校が計根別中学校に統合。
平成27年3月に西竹小学校も廃校になっています。

養老牛温泉周辺の開拓の歴史
西竹と地名は、大正5年、22歳の若者、西村武重が 札幌郡篠路村より根室に入り、千島の峰々を踏査し開発に着手した際に、養老牛温泉を発見、広々とした西方に広がる竹のごとき熊笹の野を西竹と名づけたことに始まります。

一帯の開発は、大正時代に海岸に近い川北地区から始まり、武佐(大正2年)、開陽(大正4年)、俣落(大正6年)と西進していきました。

大正9年には西村武重氏が私費で俣落川より養老牛温泉までの温泉道路を開削しています。

 

帰農館 DATA

名称 帰農館/きのうかん
所在地 北海道標津郡中標津町俣落2000-8
関連HP http://saeki-farm.sakura.ne.jp/
ドライブで 根室中標津空港から約16.7km
駐車場 10台/無料
問い合わせ TEL:0153-73-7151

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