姥神大神宮渡御祭(江差町)

文安4年(1447年)に創建と伝わる北海道最古の神社が江差町の姥神大神宮。社殿には北前船の繁栄を今に伝える船絵馬もかかります。毎年8月9日〜11日までの3日間、13台の豪華な山車や御輿(みこし)が町を練り歩く『姥神大神宮渡御祭』が執り行なわれます。

北前船で栄えた江差を今に伝える京がルーツの祭

江差では御輿に供奉する曳き山を「ヤマ」と呼び、屋台に高く青木(トドマツ)を立てて神の依代(よりしろ=神が降臨するもの)とすることを「ヤマを立てる」と表現しています。宝暦年間(1751年~1764年)に造られた神功山をはじめとする、武者人形、能楽人形、文楽人形、歌舞伎人形などを配した豪華な13台のヤマが、祇園囃子にのって江差の町を練り歩きます。
その年のニシンの豊漁に感謝を込めて行なわれた祭礼で、江差のニシン漁景気を今に伝える。「姥神大神宮渡御祭と江差追分」として北海道遺産にも登録。

北海道StyleMEMO/北海道遺産「姥神大神宮渡御祭と江差追分」

江差は沖合に浮かぶ鴎島(かもめじま)が防波堤の役割を果たす天然の良港で、江戸時代から明治時代にかけて北前船の蝦夷地(北海道)側の拠点港として繁栄しました。松前藩は、寛永7年(1630年)に城下福山・江差・箱館(函館)の3港以外での交易を禁じました。当初、蝦夷地との交易に活路を見出したのは近江商人で、江差港の後背に広がる檜山七山から伐採されたヒバとも呼ばれるヒノキアスナロ材の林産物、ニシンや干鮑(干したアワビ)、・海参(いりこ)などの海産物、その他蝦夷地の交易品を大坂、京などの上方に運びました。
元禄時代になり、幕府の政策で貨幣経済が浸透すると近江商人の独占状態が崩れ、江差の地場の廻船問屋が台頭します。生産地と消費地の価格差により北前船の廻船問屋は富を蓄えていきました。
信州馬子唄(信濃路の「中馬」たちの歌った馬子唄)・伊勢松坂節を起源とした「江差追分」、京の『祇園祭』を基調とし絢爛豪華な山車行列の『姥神大神宮渡御祭』は、こうした北前船で栄えた江差の歴史を今に伝える貴重な文化なのです。
「江差追分」のルーツは、上信国境・碓氷峠(うすいとうげ)を中心に往来する馬子衆によって詠われた馬子唄(小諸馬子唄)。中山道追分宿の飯盛り女によって、三味線の伴奏や囃子詞の入った座敷唄「追分節」に発展し、北国街道や北前船を経由して北日本へ伝播したもの。

姥神大神宮・船絵馬
姥神大神宮の拝殿に奉納されている船絵馬。宮司・藤枝正承さんが解説
 

姥神大神宮渡御祭 DATA

開催日 8月9日〜8月11日
開催時間 8月9日=宵宮祭・遷霊祭
8月10日=本祭・渡御祭/下町巡行
8月11日=渡御祭・遷霊祭/上町巡行
所在地 北海道檜山郡江差町姥神町99
場所 姥神大神宮
地図
電車・バスで JR江差駅から徒歩20分
問い合わせ 江差町追分観光課観光係
TEL:0139-52-6716FAX:0139-52-5666
公式HP http://www.hokkaido-esashi.jp/

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